男性というのはスーパーカーやスポーツカーに憧れを持っています。自分では扱えるかわからない馬力、ブレーキ性能、ハンドル操作、コンピューター制御(自分の扱えない領域)のない車を求めているような気がします。それは性能や価格に於いてもです。自分のコントロールできない範囲の動くものを動かせる。ということに快楽を感じるのでしょう。これは、男性という存在が、子供というものを持てないということに尽きると思います。
男女問わず、生まれてくるときは女性から生まれてきます。女性は男でも女でも育てなければなりません。子供は奔放で好きなことをします。それをコントロールすることは母親の役目でありやりがいではないのでしょうか?しかし、男性は子供が大きくなってから条件付きの愛を与える事しかできません。その不足、それを補完するためには女性のように言うことを聞かないものを聞かせるようにするという行為をスーパーカーやスポーツカーに見出すのではないのでしょうか?これは生産という行為も同等です。フロムが言うように、男性における生産活動(建築、製造、デザイン他にもあると思いますが)それらは、女性が自分の子供をもうけるということの代替手段だといっても過言ではないと思う次第です。


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