自分に使いこなせるか分からないほどの性能に、なぜ憧れるのだろう。スポーツカーへの関心を、自分自身の気持ちとして考えてみた。
使い切れない性能にも惹かれる
僕はスーパーカーやスポーツカーに惹かれる。馬力やブレーキ性能、ハンドルを通して感じる動き。自分に扱いきれるか分からないほどのものに、興味が湧くのは不思議だ。
単に移動できればよいという話ではないのだろう。機械の仕組みを知り、自分の操作に応じて動く感覚を味わう。その面白さや、少しずつ扱い方を覚えることへの憧れがあるのかもしれない。
憧れを、性別で説明しすぎない
以前は、この憧れを男女の役割や子育ての違いに結びつけて説明しようとした。しかし、それでは車を好きな人も、そうでない人も、一つの説明に押し込めてしまう。
僕が何に惹かれているかを考えることと、男性全体や女性全体の性質を語ることは違う。性能、姿、音、作り手の工夫。好きになる入口は人によって異なるだろう。
また、高い性能に憧れることと、公道で限界を試すことは別だ。安全に扱える範囲で楽しむことを含めて、自分にとっての付き合い方を考えたい。
この問いから、今考えていること
憧れの車を持つことが、そのまま自分の価値になるわけではない。それでも、好きなものについて考える時間があることは、暮らしの楽しみの一つだと思う。


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