「よい人生だった」と振り返ることと、今日をよい一日として過ごすことは同じなのだろうか。人生を結果だけで評価することに、僕は疑問を感じている。
人生のどの時点で、幸福を測るのか
人の人生を語るとき、どこで生まれ、何を成し遂げ、どのような最期を迎えたかという筋道に整理することがある。けれど、その筋道だけで本人が日々どう感じていたかまで分かるのだろうか。
生まれた環境を「恵まれている」と周りが評価しても、その後の本人の感じ方は別の問題だ。外から見える条件だけで、幸福を決めることはできないと思う。
他人の評価と、自分の実感
生きていく中で、僕らは周囲の価値観を知る。よい仕事、よい暮らし、よい人生。そうした言葉を自分のものとして受け取る一方で、「自分が望むのは本当にこれなのか」と考えることもある。
人生の後に残るのは、他人の記憶や記録でもある。しかし、後から語られる物語と、生きている本人が感じる毎日は、ぴったり同じにはならないのだろう。
生きている途中にも価値がある
だから僕は、最後にどう評価されるかだけでなく、生きている途中の感覚を大事にしたい。何かを目指す過程の中にも、面白さや喜びがあってよいのではないか。
この問いから、今考えていること
まだ目標を達成していないから、今の人生には価値がない。そんなふうには考えたくない。結果を求めながらも、その途中にある自分の暮らしを見失わずにいたい。
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人生を、結果だけで評価したくないときに
夜と霧[新版]
ヴィクトール・E・フランクル 著/池田香代子 訳/みすず書房
強制収容所での経験を記した作品です。人生を成功・失敗の採点だけで捉えることに違和感があるとき、人が置かれた状況と、その中で生きることへ目を向ける入口になります。
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