仕事が終わったら、本を読みたい。映画も見たいし、ゲームもしたい。僕には好きなことがいくつもある。それなのに、いざ仕事が終わると、それらに手を伸ばす気力が残っていないことがある。
時間がないことは、確かに問題だ。けれど、予定の入っていない時間さえあれば、それで十分なのだろうか。
自由な時間と、その時間を楽しめる余力は、同じものではない。最近の自分を考えると、そんな気がする。
空いている時間と、楽しめる時間は違う
以前、仕事を終えて連休に入っても、ベッドでスマートフォンの短い動画を見て、一日が終わってしまうことがあった。何かをしたかったはずなのに、何をするにも腰が重い。
動画を見ること自体が悪いわけではない。楽しくて見ているなら、それも好きな時間の使い方だと思う。ただ、僕の場合は「本当はほかにやりたいことがあった」という気持ちが残ることがあった。
時計の上では自由でも、自分で使い方を選ぶ余力がない。そう考えると、幸福について考えるためには、空き時間の長さだけでなく、その時間を迎えたときの自分の状態も見なければならないのだろう。
休みの日まで、成果を求めてしまう
お金を稼げた。仕事が片付いた。勉強が進んだ。そういう日は、何をしたのか説明しやすい。
それに比べると、本を少し読んだり、音楽を聴いたり、ただ休んで過ごしたりした日は、成果を言葉にしにくい。「今日は何もしていない」と片付けたくなる。
けれど、趣味や休息にまで成果を求めたら、仕事から離れた時間も、何かを達成するための時間になってしまう。読書をしても何冊読めたか、楽器を吹いてもどれだけ上達したか。そればかり気にしていては、楽しむことを忘れてしまいそうだ。
好きなことができる日もあれば、休むだけの日があってもいい。少なくとも、自分の休日を評価するときには、その余地を残しておきたい。
お金も時間も、簡単には切り捨てられない
では、働く時間を減らせばいいのか。僕にとって、それは簡単な話ではない。生活にはお金が必要で、そのために副業もしている。
お金が足りない不安を抱えたままでは、時間があっても落ち着いて楽しめないかもしれない。一方で、お金を得るために空いている時間を全部使ってしまえば、何のために働いているのか分からなくなる。
この問題に「お金より時間が大切だ」という一言だけで答えるのは難しい。僕が考えたいのは、どちらかを捨てることではなく、生活を支えながら、自分のための時間をどこに残せるかということだ。
本業や副業に使う時間を数えた話は、「副業でお金を稼ぐほど、自由な時間が減っていく――Uber配達で考えたこと」に書いた。ここでは、その先に残った時間をどう過ごしたいのかを考えている。
まずは、自分で選ぶ小さな時間から
生活を一度に変えることはできない。それでも、次の休みに何をするか考えるとき、予定をいくつも詰め込む前に「今の自分は何をしたいのか」と聞いてみたい。
本を数ページ読む。好きな曲を一曲聴く。料理を一品作る。疲れているなら、今日は休むと決める。どれも大きな成果ではないけれど、自分で選んだ時間にはなる。
もちろん、これだけでお金や仕事の問題が解決するわけではない。ただ、「もっと何かをしなければ」と自分を急かす以外の過ごし方は、あってもいいと思う。
僕にとって大切なのは、自由時間を埋め尽くすことより、その中に自分で選べる時間があることなのかもしれない。
皆さんは、次の休みに何をしたいですか。やるべきことではなく、本当にしたいことを一つ挙げるとしたら、何でしょうか。
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時間が足りない、と感じるときに
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