仕事では効率や生産性が求められる。その一方で、生活では長く使えるものや、変わらない安心を求めたくなる。このずれを考えてみたい。
仕事で求められる生産性
働く中で、限られた時間にどれだけ成果を出せるかが問われる。僕もその中で生活している。会社に必要とされることと、自分が満足できる働き方をすることは、重なることもあれば、ずれることもある。
買い替えが増えることへの違和感
ものを買い替えるたびに、新しい支出が生まれる。長く使えるものが欲しいという買い手の願いと、次の商品を売りたいという売り手の都合には、緊張が生じる場合がある。
ただし、企業がすべて壊れやすいものを望んでいる、と言うことはできない。耐久性や修理のしやすさで信頼を得る商売もある。ここで考えたいのは資本主義全体の定義ではなく、働いて買い続ける自分の暮らしへの違和感だ。
変わらないものを求める気持ち
新しいものを追いかけるのは楽しい。しかし、何もかも変わり続けると、その変化に付き合うこと自体に疲れることもある。そこで、使い慣れた道具や繰り返し読める本のような、長く付き合えるものが欲しくなるのかもしれない。
これは年齢だけで決まることでも、誰にでも当てはまることでもない。僕自身が何を買い、何を残したいのかという問いとして考えている。
収入を増やすことだけでなく、買い替えを減らすこと、持っているものを使うことにも、自分の時間を守る余地はないだろうか。
この問いから、今考えていること
働くことも買うことも、生活のためにあるはずだ。生活がそれらを続けるためだけのものになっていないか、ときどき確かめたい。


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