人間における本質を見極める方法

 ある人は言った。「人における本質を見抜く方法はその人を劣悪乃至は醜悪な環境もしくは、状況(その人において)において、生み出される善なるものである」と。しかしそのような環境、状況において、人は最善を尽くすことが出来るのであろうか?人には自己を正常に保つために本能があり、それ以外に自己を長期的に保つ理性が存在すると仮定すると、短期的な生命の危機が起こった時、もしくは緊急な危機が有る時、本能が活動を始める。そうした中である人が仮定する本質は見出されるのであろうか?答えは否である。なぜなら環境的、状況的なものが不完全だからである。不完全から完全が生まれることはあり得るのであろうか?この疑問が生じる時点で、(ある人において)不完全から完全が生まれることはあり得ない。(完全がどういった状況の時に生じうるか、それは他者によってある人が完全を感じた時である、つまるところある人は他者において完全を感じた時に完全を知覚しうるのである。自己において完全を知覚することはある人には出来ないのである。自己を完全であると措定してしまうと、自己以外は完全足り得ない、つまりすべての他者は無知朦朧のものとなってしまうのである。それが出来るのは天才か神かの二択である。つまるところある人は人の本質を見抜くことは不可能なのである。

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