好意を伝える難しさ――遠回しな会話と、忘れられない言葉

窓際の椅子に座り、海を眺める人物 心理・人間

話したい気持ちがうまく伝わらなかったことも、思いがけない言葉をかけられたこともある。過去の出来事を振り返り、好意を伝えることと相手の意思について考えた。

話したい気持ちが、伝わらなかった

以前、コンビニで見かけた店員の女性と話してみたいと思ったことがあります。酔った勢いで話しかけてみました。僕は遠回しに雑談をしようとして、別の店員の男性が、もう少しで国へ帰ってしまうということを聞いていたので、その話をしました。そうすると女性は「男性を呼びましょうか?」と聞いてきました。

僕は全くそんなつもりもなく、ひたすら彼女との会話をつづけるために、色々思案して、話を考えていたのですが、日本語をあまり話せないようでして、それに僕があまりにも、彼女の事と関係のない話をするからか話を切り上げようと、「すみません、仕事があります。」といった感じで、自分の仕事に戻ってしまったのでした。

僕はがっくりと肩を落としてお酒を飲みながらとぼとぼ家路についたのでした。

過去に受け取った、まっすぐな言葉

高校からのことを遡ってみると、いつも僕は朝早かったので、席に着く時間は一番乗りでした。いつも決まった女の子が、「おはよう。」と声をかけてくれました。髪の毛は短くて首元ぐらいで、とても男性的なメイクをしている娘でした。僕は「おはよう。」と返すのですが、それ以上の会話は浮かびません。

当時の僕は人がひたすらに怖かったのです。女にしても男にしても、大人にしても。何も起こりません。そして高校を卒業して、専門学校を中退して、部屋を借りて一人暮らしを始めました。ですが人が怖いのは相変わらずだったので、まともな仕事に就くことはできませんでした。生活保護を受けて、二年ほど無職だったのです。

時間だけは山ほどありました。(今考えると惜しいくらいに!!)僕はボロボロのスウェットを着て海に出かけました。僕の住んでいる場所は海が近くて、部活でもヨットをやっていたくらいなのです。そうして屋根のある木のベンチに夜、腰を下ろし、何を考えるわけでもなく、一人で胡坐をかいていたのでした。

そんな時に一人の男性が隣のベンチに腰を下ろしました。夜は暗く面影も思い出せないほどでした。男性はしばらくじっとしていたのです。僕はそれがあまりにも自然で、海と溶け込んでいるので、何の気なしにのうのうとしていたのでした。そうしているうちに男性が僕に「何を見ているの?」と僕に問うてきました。

僕は別に何を見ていたわけでもないのでした。ただお金もなく、仕事もなく、時間だけがある日々に海を見ようと思ってベンチに腰を下ろしただけでした。彼は何も言わない僕をどう受け入れたのでしょう?彼はきっと僕の事をまっすぐ見つめていたに違いありません。「君が欲しい。」 僕はいままでそんな愛の言葉を言われたことがありませんでした。

あまりにも急な欲望であり、愛であり、本能でした。すべてのことを受け入れるにはぼくはあまりにも未熟でしたし、場違いというのでしょうか?これは性違いとでもいうのでしょうか?とにかく僕は男性を愛するということはあの時も今もできないのです。僕は「すみません。僕には無理です。」というと男性は理解したのか、「ここは男性同士が愛し合う場所なんだよ。」と教えてくれました。

僕は本当にあの時ほどに、愛の告白を受けたことが印象に残っていることはありません。

伝えることと、応じてもらうことは別

遠回しな言葉には、相手を気遣う面もあれば、本当に言いたいことを隠してしまう面もある。反対に、まっすぐな言葉は強く印象に残るが、相手が同じ気持ちだとは限らない。

僕が過去に言葉をかけられ、応じられないと伝えた経験も、そのことを考える手がかりになる。自分の気持ちを言葉にすることと、相手に応じてもらうことは別なのだ。

この問いから、今考えていること

好意は、言葉にすれば必ず届くものでも、受け入れてもらえるものでもない。相手が仕事中なら会話を切り上げることも、断る意思を尊重することも含めて、伝え方を考えたい。

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