私やあなたは過去についてどれだけの知識があるのだろうか?それは歴史の話ではなく、自己についての過去である。私(あるいはあなた)は過去の場面を切り取ってその時どんな感情でどんな理性を働かせて、どんな行動に至ったのであろうか?それは現在の解釈もしくは未来の解釈とは全く違ったものになるのかもしれない。しかし過去や未来においても投影というものは存在し、自分の現在の存在に対する価値や考え方を同じ事象として投影するのではないだろうか?つまるところ自己の思考は過去や未来における一定の思考を考察し、現在における自分の価値観を投影する。そうすることによって自分の価値を強化し、自己における信念、理想、思想といったものを体現する動機付けをするのではないだろうか?そうした中で自己における、未来を仮定し、それに善悪の価値をつけて、自己における利益の最大化するための選択を現在の自己はするのではないだろうか?
そうして動機付けされた自己の中の思考は連続性をもってエンジンのように思考の中に根付き、自己の価値観や思想をもたらす。なぜ自己の内省や自己における未来予知はそのような働きを持っているのだろうか?それは人間の思考が一定の時間や場所にとどまっていることを良しとしないからである。


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