「モテる条件」を気にする僕が、見落としていたこと

草原に立つ、水色の服を着た女性 心理・人間

年収や身長など、恋愛の条件を語る言葉を見ると、自分を採点したくなる。けれど、その採点表は本当に目の前の相手のものなのだろうか。

条件の言葉を、自分への評価にしてしまう

お酒が入ると寂しくなり、誰かと親密になりたいと感じることがある。独身の僕は、そこから「モテるとはどういうことなのか」と考え始めてしまう。

年収や身長、職業などを条件として並べる話を聞くと、自分に足りないものを数えたくなる。ただ、その言葉だけで、自分が誰からも好かれないと分かるわけではない。

一人の発言を、全員の本音にしない

以前の僕は、耳にした女性の発言を、女性全体の考えのように受け取っていた。それがどれほど大きな飛躍だったのか、今は気になっている。

人には話す相手や場面によって、口にすること、しないことがある。それを「本音を言わない性別だから」と説明することはできないし、言われていない気持ちを自分の都合で補うこともできない。

恋愛や性的な関心のあり方も、人によって違う。自分に欲求があるから相手にも同じようにあるはずだ、と推測するだけでは相手を理解したことにならない。必要なのは、目の前の相手の言葉や意思に向き合うことなのだろう。

好かれることの前に考えたいこと

清潔な服を着たり、自分の身なりを整えたりするのは、僕にできることの一つだと思う。しかし、それをすれば必ず好かれるという交換条件ではない。

自分がどう見えるかだけでなく、相手とどんな話をしたいのか、どんな関係なら互いに無理がないのか。それも考えてみたい。

この問いから、今考えていること

「モテる人」になるための正解を探すより、一人の相手を理解し、自分も無理なく関われる関係を探したい。恋愛の条件表と、自分の人間としての価値は同じではないと思う。

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